イースター島では1600年頃から1700年頃にかけて人口が約70%減少した。その要因として現地住民の人為的環境破壊(モアイ像作成のための森林伐採など)があげられるが、結果、野生の動物の肉の供給源が失われることになり、最終的に人肉を食すようになったといわれる。なお、当時のゴミの集積地跡からは人骨が発見されている。
またネルソン・ロックフェラー(当時ニューヨーク州知事)の息子で人類学者のマイケル・ロックフェラー(Michael Rockefeller)が1961年にニューギニアの奥地で原住民に殺され食べられたと報じられた。
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ヨーロッパ
キリスト教により人肉食は強い禁忌とされていたといわれているが、第1回十字軍がシリアのマアッラで人肉食を行ったという記録がイスラム教徒側に残っている[3]。当時、十字軍の食料状況は非常にお粗末で、現地調達の略奪の一環として現地住民を殺戮し、その肉を食べたとされる。また、1315年から1317年にかけての大飢饉の際、人肉食があったと言われるが、それがどの程度のものだったかについては議論が分かれている。また近世以降、船の難破による漂流中に人肉食が行われたという事例が時折記録されている。
15世紀、スコットランドでソニー・ビーンとその家族は山岳を通過する旅行者達を食べて暮らしていたという記録が残されている。
また、かつてはキリスト教圏で、まれに聖人の遺体から肉を切り取って食べる事で、より神聖な存在に近づくという思想が存在していた。赤ワインとパンをキリストの血と肉になぞらえた例は典型的な例であり、熱心な信者の中には、実行に移した者もいる。[要出典]
肉を食べた訳ではないが、1805年のトラファルガー海戦で戦死したイギリス海軍のホレーショ・ネルソン提督の遺体は、腐敗を防ぐためラム酒の樽に漬けて本国に運ばれが、偉大なネルソンにあやかろうとした水兵たちが盗み飲みしてしまったため、帰国の際には樽は空っぽになっていたという。この逸話からラム酒は「ネルソンの血」と呼ばれる事がある。